中学生の息子は一時間目が始まる前までの10分くらいの間、学校で朝読書の時間が設けられていて、各自活字の本を持参して静かに読書する事を日課とされている。
読む本は自由なのだが、息子は自分から読んでみたい本などあるはずもなく、探す気もないみたいで、図書室や図書館にあるような本もつまらなそうに流し読みしてるだけみたいなので、面白い文章の本を与えれば楽しんで読めるんじゃないかと思いまして、私が大好きな中島義道の本を彼のカバンに忍ばせまして、感想を聞いてみましたら、「考え方が尖ってて面白い!」と言うじゃありませんかw
大成功です。
好きな作家は中島義道
私もそんなに読書家ではないのでインターネット開設以降は本なんてろくに読もうとは思わなくなりましたが、唯一同じ作者の本を20冊以上も集めたのは日本の存命現役哲学者の中島義道の著作本でした。
中島義道氏はメディアには出ないですし、知名度はよくわかりませんが、これだけ本を出版できているということはそこそこ人気はあるのかな?
日本人の哲学者で有名な人なんて過去に遡っても一人もいないような気がしますので、少なくとも中島義道氏はカントのカテゴリーにおいては第一人者ではないかな?
時間について考察する堅い哲学本もあるけど、ほとんどの著作は自分の考え方や思想(疑問)をメインに主張されていて、哲学の考察本よりもそっちのが読みやすくて面白いわけです。
なので哲学(的な考え方)の入門書としても丁度良いのです。
中島義道の根底にあるのはどれも最終的には「どうせ死んでしまうのに‥」です。
これはまさに哲学がタブーであり、アングラであり続ける所以でもあります。
どうせ死んでしまうという絶望
これを毎日忘れることなく頭の片隅に抱えながら日々を営むというのはわりと重苦しいというか生きづらいのですが、どうしたって頭から離れないので何をしてても虚しくなるだけなのです。
この誰にも言えない生きづらさの根源をモノの見事に言語化してくれたのが氏の著作本というわけです。
私はむさぼるように彼の本を次から次へ読み漁りましたが、そのどれもがテーマは一貫していて、ある意味同じ事の回帰(ループ)で進歩しないことに気付くんだけど、でもそれが心地良いわけです。
いつしか氏が老害化してきている腐臭を感じ取り、もうすぐ死ぬとか言いながら全然死なない(笑)で今もまだ生きてることから(哲学者は何故か今も昔も長寿が多い)新刊を読むのを辞めてしまいましたが、中二病を拗らせてしまった人には刺さる著作だと思いますし、今まさに中二の息子にはうってつけなのではないかと思ったのでした。(息子はわりかし健全に育っていて全然拗らせてないのだけど)
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中二息子に中島義道を読ませる
数ある中から何を与えようかと迷いましたが、消去法でどんどん候補作が落選していく中で、最終的には最も中島入門書としても適している「私の嫌いな10の人びと」をチョイスする事に決めました。
なんの予備知識もなくカバンに入れられていたこの本を学校に着いてすぐ朝っぱらから読み始めた息子の感想としては「この本お前みたいな事言ってるね」でしたw
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「どうだった?」と聞くと「他の本よりかは面白い」と言うので、「こうゆう考えの人もいるよ程度で決して共感する必要もないからね」と釘を刺したのですが、「でも俺もいつでも笑顔の絶えない人は気持ち悪いと思うよ」と言ってました。
先日完読したそうで、「次に読める中島の本ある?」と言ってきたので、二冊目を用意したところです。
いや、まさかですよ、自分が好きな物を子に継承できるのはやっぱり嬉しいですね。
個人的にはあまり親は子供に対して考え方などを押し付けて影響を与えるべきではないと思っているので、特に自分とは似てほしくはないので、その辺気をつけてはいたんですが、このくらいはいいかな?
二年後には尾崎豊でも聴かせてみようかな?「ダサッ」とか言われたらこっちが傷つくからやめとくか。
音楽は基本ボカロ世代なので息子はYouTubeでボカロ曲を聴いてるんですが、最近B'zの歌い方が特徴あってメロディも中毒性があるとか言っててホント解らないものですw
思春期と哲学
かつては自分も中二くらいに太宰治の「人間失格」や、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を読んだものですが、今思うとこれらを理解するにはまだ早かったかな?18、19くらいがベストじゃないかな?とも思うのですが、背伸びしたい年頃ですし、解らない部分があっても一応読み終えるという事に一定の価値が得られるとも思うので、やはり十代のうちに名作を吸収することは大事かなとも思います。
逆に言えば毒物である哲学書などは読む価値ゼロなので、読まないに越したことはないのですが、大人になって暇つぶしで読むよりは、十代の柔らかい頭でなんとなくでも頭の片隅に哲学的思考回路を構築する分には悪い事ではないかもしれないので、良い物はもちろんですが、悪いものや(生きる上で)何の為にもならないものも雑食的に与えてもいいのかもしれません。
私のように万年思春期で拗らせないことを祈るばかりです。
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